空にぽっかりと浮かぶ白い雲を眺めながら、私はふーっとため息をついちゃった。
ふとした瞬間にね、あの日――電話のベルが鳴り響いた、あの雨の日の記憶が蘇ってきちゃうの。
「上月瑠香さんですか?…あの…娘さんの瑠璃さんが、事故に……」
受話器の向こうから聞こえた警察の方の声は、まるで水の中にいるみたいにくぐもって聞こえて……。嘘だ、ドッキリだ、そう思いたかったなぁ。
でも、駆けつけた病院の廊下は白すぎて、消毒液のツンとする匂いが現実を突きつけてくるの。
ベッドに横たわる瑠璃ちゃんは傷ひとつなくって、ただ眠っているみたいに綺麗だった。
「瑠璃……ちゃん?」
恐る恐る触れたその手は氷のように冷たくて、硬かった。
「ママを守らなきゃ」
いつもそう言って頼りない私の前を歩いてくれた小さな背中。生意気で、しっかり者で、私の宝物。
その温もりがもう二度と戻らないのだと悟った瞬間、世界からすべての色が消え失せちゃった気がしたの。
あれから私の時間は止まったまま。
それでも瑠璃ちゃんが大好きだったこのお店「喫茶るりいろ」だけは守らなきゃって、毎日必死に笑顔を作ってたんだ。
いらっしゃいませって言うたびに、ドアの向こうからランドセルを背負った瑠璃ちゃんが「ただいまー! ママ、またぼーっとしてたでしょ?」って、呆れた顔で帰ってくるんじゃないかなんて…叶わない期待をしちゃうんだよねぇ。
そんなある日の午後だったかな。カランコロンとベルが鳴って、ちょっと変わった二人連れが入ってきたの。
わあ、すごい素敵な人。優しそうな目元に眼鏡が似合う、シュッとしたおじさま。私の大好物な落ち着いた雰囲気だなぁって。
そしてその足元には、ツインテールのちっちゃな女の子がまとわりついていたの。
「パパ、パパ!ここがいいの!あゆむ、オーバーヒート気味だからパフェ食べて冷却しなきゃ!(≧▽≦)」
「こら、声が大きい。……いいかあゆむ、外では変なこと言うなよ。普通の親子に見えるように静かにするんだぞ」
その男性、パパさんは周囲を警戒するようにキョロキョロしながら、小声で女の子に言い聞かせてて。
その光景がね、あまりにも昔の私と瑠璃ちゃんに重なって…胸がギュッとなっちゃった。
あんなふうに私もまた瑠璃ちゃんの頭を撫でたいなぁ。
たとえ一瞬でもいいから……って。
私はカウンターの中でコーヒーカップを拭くフリをして、全神経をあのテーブル席に集中させてたの。
というよりガン見しちゃってたかも。
だっておかしいんだもん。
あの子、絶っ対に普通じゃないよぉ。
あゆむちゃんがメニューを開いた瞬間だったの。
彼女の黒目がちの可愛らしい瞳が、まるでバーコードリーダーみたいに左右にシャカシャカシャカッ!と高速移動したの!
人間業じゃない速さだったよ?
「キュピーン!……見える、あゆあゆにも見えるよ! 期間限定イチゴパフェから放たれるプレッシャーが! あゆむ、行っきまーす!」
「しーっ! いきなり叫ぶな、発進するな。周りの人が振り返ってるだろ。あと、お前のその昭和なオタク知識はどこで拾ってくるんだ……」
「ネットの海は広大なんだよ。パパの検索履歴もぜんぶ知ってるもんね(ΦωΦ)フフフ」
「やめろ! それは絶対言うな!」
パパさん、真っ赤になって慌ててたなぁ。
私はあまりの衝撃に手に持っていたお冷やのピッチャーを傾けたまま固まっちゃって、気づけば足元の観葉植物が水浸しになっちゃってたの。
「あわわ……ご、ごめんなさいベンジャミンさん!」
慌てて拭きながらも、私の目はまたすぐに二人の方へ戻っちゃうんだよね。
あゆむちゃんは今度はテーブルの上のシュガーポットを持ち上げると、重さを確かめるようにブンブン振って、耳を澄ませてたの。
「ジャイロセンサー正常。残量推定12グラム。補充推奨だよっ!」
「こら、遊ぶな。店員さんに聞こえるだろ」
聞こえてます、バッチリ聞こえてますよぉ!
ジャイロセンサーって何!?
やっぱりあの子人間じゃない。
でも確信を持ったのは私が注文されたパフェを運んでいった時のことだったの。
女の子がパフェのアイスを一口食べた瞬間……。
「んふ〜っ! 冷たくておいちぃ~! CPUの温度が下がるのがわかるよぉ~!」
「っ!? バカ、それを言うなら『体が涼しくなった』だろ!?」
パパさんが慌てて女の子の口を塞ごうとしたその時だったの!
女の子が美味しすぎてほっぺたを押さえた拍子に、彼女の首から「ガシュッ」って機械的な音がして、首がありえない角度にコキッて傾いちゃったの……!
「ひぃっ!? あ、あゆむ!?」
パパさんは顔面蒼白になってものすごい速さで女の子の頭を掴むと、私の視線を遮るように抱き込んだの。
「えへへ、サーボモーターが緩んじゃったみたいなの~(・ω<)」
「しーっ! 静かに! 今すぐ直すから動くな!」
カチリ、と首をはめ直す音が聞こえて……パパさんは冷や汗ダラダラで恐る恐る私の方を振り向いたの。
「あ、あの……今のは……えっと、手品です! そう、最新のドッキリグッズでして……! 首が外れたように見えるマジックなんです、あは、あははは……」
目が泳ぎまくってたなぁ。
私のトレーがガチャンと音を立てて揺れちゃった。
あの子、人間じゃ……ない?
あの精巧な動き、生き生きとした表情。あれが作り物だなんて信じられないよぉ。
「お、お会計お願いします!」
パパさんは逃げるようにレジに来てお札を置いたの。お釣りも受け取らずに、女の子の手を引いて店を出て行こうとしちゃって。
「パパ、お釣り忘れてるよぉ! 経済損失が発生なんだよ!」
「いいから行くぞ!」
「え~、もっとお姉さんの生体データ収集したかったのにぃ……スリーサイズとか」
「やめなさいセクハラAI!」
二人が店のドアを開けて出て行くのを見て、私はふらふらと窓際へ近寄って、その後ろ姿を目で追っちゃった。
駐車場には一台のオフロードバイク。パパさんがヘルメットを被って、女の子にも小さなヘルメットを被せてあげてた。
そして、女の子がバイクの後ろに乗ろうとしたその時。
「よっと……あ、重力制御ミスった」
女の子はバイクのシートに飛び乗ろうとして――飛びすぎちゃったの!
ふわわり、なんて生易しいものじゃないの!
彼女の体は軽く2メートル以上跳躍してパパさんの頭を飛び越えて、反対側の地面にスタッと華麗に着地したんだもん。
まるで忍者さんみたいに。
「……あゆむ」
「てへ。出力調整間違えたの(・ω<)」
「……早く乗れ」
パパさんはもうツッコミを入れる気力もなさそうに肩を落としてて、女の子は今度こそおとなしく後ろの席に座ったの。
ブロロロ……とエンジン音が響いて二人は風のように走り去っていっちゃった……。
それからというもの、私はもう居ても立っても居られなかった。
あの子がロボットなら。
あんなに可愛くて、あんなに温かみのある女の子を作れるなら。
私の冷たくなってしまった瑠璃ちゃんもまた温かさを取り戻して帰ってくるかもしれない。
止まったままの私の時間を、もう一度動かせるかもしれない……。
それからは毎日お店のドアが開くたびに、あの親子じゃないかって期待しちゃうようになっちゃった。
「いらっしゃいませ!」
声を弾ませて振り向くけれど入ってくるのは常連のおじいちゃんや、近所の奥様たちばかり。
雨の日も、風の日も、あの優しそうな眼鏡のパパさんと不思議なツインテールの女の子が再び現れることはなかったの。
だからね私、探偵さんの真似事を始めちゃった。
お店を開ける前の早朝、閉店後の夜。足が棒になるまで街を探し回ったの。
――お願い、もう一度だけ会わせて。瑠璃ちゃんを取り戻すチャンスをください…。
そして数ヶ月後。 私の執念が実ったのかな? あるいは神様がドジな私を見かねて手を差し伸べてくれたのかも。
とある公園のベンチであの親子を見つけた時。
私は迷わず駆け寄って、パパさんの袖をギュッと掴んじゃったの!
「見つけた……!」
「え、うわっ!? 誰!?」
ベンチで休んでいたパパさんはいきなり腕を掴まれて飛び上がってた。
私もうなりふり構っていられなくって…息も絶え絶えに上目遣いで彼に懇願しちゃったの。
「お願いです! 私の……私の娘を作ってください!!」
その瞬間、パパさんの動きがピタリと止まったの。
一秒、二秒。
彼の顔色が白からピンク、そして茹で上がったタコのような真っ赤へと変わっていって……。
「は、はいぃぃぃ!? む、娘を……『作る』……!?」
彼は裏返った声で叫んで眼鏡がずり落ちるのも構わずに私を凝視してた。
私の必死な表情、掴んだ袖、そして「娘を作って」という言葉。
そのすべてが、彼の天才的かつ残念な脳内で化学反応を起こしちゃったみたい。
(え、えええ!? い、いきなり何を……! む、娘を作るってことは、つまりその、生物学的なプロセスを経て……ということ!? 初対面で!? いやでもこの人、とんでもなく美人だし、儚げで守ってあげたくなるオーラが出てるし……まさかおれの隠れたフェロモンに気づいた!? モテ期到来!?)
パパさんはパニックになりすぎて、口をパクパクさせながら後ずさり。
「あ、あの、ちょっと待ってください! ぼ、僕はまだ心の準備が……! そ、そういうのは順序というものが……!」
「待ちきれません! 私、もう覚悟はできてるんです!」
(初対面で覚悟完了!?なにそれ 重い! 愛が重い! でも嫌いじゃない!)
「な…なんで?……どうして!?… い、いやでも、公衆の面前でそんな大胆な……!」
パパさんは完全にキャパオーバーを起こして、白目を剥きかけちゃってた。
そんなパパさんの様子を、隣にいたあゆむちゃんがジト目で見上げてるの。
「パパキモいよぉw?その『作る』じゃないと思うんだけどなぁ」
「え……?」
あゆむちゃんの冷静なツッコミでパパさんはハッと我に返ったみたい。
私はバッグから瑠璃ちゃんの写真を取り出し、涙ながらに事情を話したの。
アンドロイドとして娘を蘇らせてほしいんだって。
「な、なんだ……そういうことですか……。いやあ、てっきり……あはは、あはははは………死にたい(ボソっ)」
パパさんは顔を真っ赤にして蹲った後、気まずそうに立ち上がったの。
でも、次の瞬間、彼の表情は技術者としての冷徹なものに変わってた。
「……お気持ちはわかります。でも、それは不可能です」
「どうしてですか! あゆむちゃんみたいに作れるはずです!」
「技術的な問題じゃありません。コストの問題です。あゆむのような自律型AI搭載のアンドロイドを作るには、とんでもない費用がかかります。開発費、希少なパーツ代、AIの学習コスト……軽く億は超えますよ。喫茶店の売上程度でどうにかなる額じゃないんです」
億……。
その桁外れな数字に、私は言葉を失っちゃった。
「それに、僕はもう引退した身でして。個人の依頼は受け付けていないんです。……悪いですが諦めてください」
パパさんは、それだけ言うと背を向けて歩き出しちゃった。
あゆむちゃんが心配そうに振り返り、「おねーさん、バイバイ……」と手を振ってくれた。
私は何も言えなかった。ただ、遠ざかる二人の背中を見つめることしかできなくって……。
「……あの!」
私はとっさに叫んでたの。
パパさんが足を止めてくれた。
「連絡先だけでも……教えてください! もし、もしお金ができたら……話だけでも聞いてください!」
パパさんは困ったように溜息をつくと、名刺を一枚取り出して私に手渡してくれたの。
「……まあ、連絡先くらいなら。でも、本当に諦めたほうがいいですよ。一般の方が用意できる金額じゃありませんから」
そう言い残して、彼は今度こそ去っていっちゃった。
私の手の中に残された冷たい名刺には『よしくん』という名前と連絡先が書かれていたの。
でもね、不思議と私の心は燃えてたわ。
億? それがどうしたの。
瑠璃ちゃんにもう一度会えるなら私の命だって安いくらいだもの。
その日から、私の本当の戦いが始まったの。
愛していたお店「喫茶るりいろ」を売却したわ。思い出の詰まった自宅も売った。
それでも足りない分は頭を下げて、下げて、借りられるだけのお金をかき集めたの。
私のすべてをお金という形に変えた。
不安なんてなかったよ。だって、これがあの子に繋がる唯一の道だから。
そして数ヶ月後。 私は名刺に書かれた住所の前に立ってたの。
「……えっ?」
そこは、山奥の広大な敷地だった。
鬱蒼とした森を抜けた先に現れたのは、まるで要塞か美術館のような、近未来的で巨大な豪邸。
壁一面がガラス張りで、屋根には見たこともないアンテナやソーラーパネルが並んでて……。
セキュリティゲートには、ペッパーくんみたいなロボットが立ってて、私を見るなり「不審者検知、不審者検知」と騒ぎ出しちゃった!
「ちょ、ちょっと待って! 私、お客さん……のようなものです!」
私がゲートの前でロボットと押し問答をしていると、奥から自動運転のセグウェイみたいな何かに乗って、よしくんさんが現れたの。
寝癖のついた髪にヨレヨレのジャージ姿。
あの日のイケメン紳士は何処へやら、完全に休日の引きこもりおじさんだったなぁ。
「うわ、本当に来た……。しかもロボットと喧嘩してるし……」
よしくんさんは面倒くさそうにゲートを開けてくれて…
私、彼の眼の前に持ってきたボストンバッグをドン!と置いたの。そして、勢いよくチャックを開け放ってやったわ!
「お待たせしました! お金、用意してきました!」
中には通帳の束と、権利書の束と、かき集められるだけの現金。 私の人生のすべてが詰まってた。
「は……?」
よしくんさんは口をポカンと開けてバッグの中身と私の顔を交互に見てた。
「これ……全部……? え、もしかして全財産ですか? いや、借用書まであるじゃないですか!?」
「はい! お店も家も全部売りました! これで瑠璃ちゃんを作ってください!」
「バ……バカなんですかあなたは!? 自分の生活はどうするんですか!」
「瑠璃ちゃんがいない生活なんて、私には必要ありません!」
私、真っ直ぐに彼の目を見て言い放ったの。 一歩も引かない。引くわけにはいかないもん。
よしくんさんは私の目を見て、気圧されたように一歩下がってた。
長い沈黙…
そして、よしくんさんが長い長い溜息をついて、頭をガシガシとかきむしって……。
「……まいったな。ここまでぶっ飛んだ人は初めてだ」
「お願いします!」
「……はぁ。わかりましたよ。僕の負けです」
よしくんさんは観念したように両手を上げたの。
「その狂気じみた愛情…いいでしょう……引き受けます。最高の娘さんを復活させてみせます」
「本当ですか……!?」
「ええ。ただし、完成するまであなたは無一文のホームレス予備軍だ。……完成までの間、うちのゲストルームを使っていいですよ。あゆむも遊び相手が欲しがってましたし」
「ありがとうございますぅぅぅ!!」
私はその場に泣き崩れちゃった。
こうして私はよしくんの手によって、娘を取り戻すことになったの。
彼は本当に天才だったわ。
私の記憶、写真、ビデオ、残された日記……すべてをデータにして、あゆむちゃんをベースに瑠璃ちゃんを再構築してくれたんだもの。
そして運命の起動日。
ひんやりとした空気が漂う薄暗いラボの中、部屋の中央に置かれた純白のカプセルが静かな駆動音と共に開き始めたの。
「……冷却システム、オールグリーン。初期化シーケンス完了。……おはよう、ルリ」
よしくんさんの落ち着いた声に合わせて、プシュゥゥ……という音と共に白い蒸気が晴れていく。
そこにはあの日と変わらない、愛しい愛しい私の瑠璃ちゃんが座っていたの。
長いまつげが震えてゆっくりと瞼が開いて……。賢そうな瞳、ちょっと大人びた口元。
どこからどう見ても、間違いなく私の瑠璃ちゃんだわ。
「瑠璃ちゃん……っ!」
私は溢れ出す涙を拭うことも忘れ、両手を広げてカプセルへ駆け寄っちゃった。
ママだよ、会いたかったよぉ……! もう二度と離さない。その小さな体を抱きしめようとした、その瞬間だったの。
瑠璃ちゃんはゆっくりと私を見て、ふわりと天使のように微笑むと――。
サッ。
「え?」
まるで闘牛士のように華麗なステップで私の抱擁を回避したの。
私のハグは虚しく空を切り、勢い余ってそのままべちゃっと転んじゃった。
痛たた……
顔を上げると信じられない光景が目に飛び込んできたの。
なんと瑠璃ちゃんは私の後ろで呆然と立っていたよしくんさんの腰にガバッと抱きついていたんだもん!
「パパ……♡ 会いたかった、ずっとずっと愛してる……!」
うっとりとした瞳でよしくんさんを見上げる娘。
頬をスリスリと彼のシャツに押し付けているじゃない!
「……はい?」
ラボに重苦しい沈黙が流れちゃった。
状況が飲み込めない私とよしくんさんを他所に、あゆむちゃんがペロペロキャンディを口からポンと抜くと私の前で人差し指をチッチッチと振ってきたの。
「ふふん、おねーさん、甘いよぉ。状況分析が足りてないんだよぉ?」
あゆむちゃんはまるで博士のように、得意げに胸を張って解説を始めたの。
「いい? ルリちゃんのAIはあゆむの優秀なプログラムをベースに作られてるでしょ?」
「でね、あゆむの心の真ん中……いわゆる『カーネル領域』には、『製作者(パパ)を最優先で愛する』っていうコマンドが、絶対に削除できないようにハードコーディングされてるの!」
「 つまりね、OSごとコピーした時点で、パパへの愛は初期装備なんだよ! ウイルススキャンしても消せない、最強の愛なんだもん! ( ̄▽ ̄)ドヤァ」
えっと……つまり?
見た目は私の瑠璃ちゃんだけど、中身の「好き」のベクトルはあゆむちゃん仕様ってこと!?
「ちょ、ちょっと待ってくれ! 離れて、ルリちゃん!?」
よしくんさんが冷や汗をダラダラ流しながら新生アンドロイド・ルリちゃんを引き剥がそうとしてる。
でもルリちゃんは、華奢な見た目からは想像もつかない力でよしくんさんにしがみついてうっとりした表情を崩さないの。
「ママ。久しぶりね」
「る、瑠璃ちゃん……?」
「相変わらずドジで危なっかしいんだから。……データによるとお店もお家も売っちゃったんですって?」
「う、うん……瑠璃ちゃんに会いたくて……」
「はぁ……(クソデカ溜息)。信じられない。これからの生活費はどうするつもり? 老後の資金計画は? 私のメンテナンス費用は? ママのそういう計画性のなさ、本当に心配だわ」
瑠璃ちゃんが…
瑠璃ちゃんが…かつてないほど大人びた…というか「お姑さん」のようなトーンで説教を始めちゃってる!
「でも大丈夫。これからはこの素晴らしく知的で経済力のあるよしくんパパが私たちの新しい大黒柱よ。」
「ママは私が管理するから、パパの邪魔だけはしないでね?」
「そんなぁぁぁ!! 私の瑠璃ちゃんがぁぁ!! しっかり者になりすぎて帰ってきたぁぁ!!」
しかも話はそれだけじゃ終わらなかったの。よしくんさんは申し訳無さそうに、人差し指を合わせて言ったの。
「あの……上月さん。実はこの機体、非常に繊細な試作型フレームを使ってまして……。」
「…」
「毎日最低1時間は僕が直接メンテナンスしないと、機能停止しちゃうんです」
「…ということは……?」
「毎日、ここに通ってもらうか……あるいは……」
よしくんさんは少しバツが悪そうに頬をかいてた。
「あの……もしよかったら住むとこが決まるまで、引き続きゲストルームを使っててもらって構わないんで……」
私は呆然としちゃった。
お店は売っちゃったから無職。
傍らには私よりもよしくんさんに熱烈なラブコールを送る娘。
そしてその娘のメンテナンスのために、私はこの男性の家での同居生活を続行……!?
「ねえねえパパぁ! あゆむとルリちゃん、どっちがすきぃ?(・∀・)」
「当然、私よね? パパさん♡ 今のママは無職で頼りないけど、私はパパの資産運用もサポートできるわ! まずは『打ち出の小槌くん』のアルゴリズムを見せて?」
「こらこら、二人ともくっつくな! 暑苦しい! あとルリちゃん、いきなり資産に手を出そうとするな! 上月さんもなんかフリーズしてないで助けてくださいよ!」
よしくんさんの悲鳴が響く中、私はなんだか頭がクラクラしてきちゃった。
娘を取り戻すはずが、なんだかすごくややこしい大家族生活が始まっちゃったみたい……?
ねえ瑠璃ちゃん、とりあえずママの話も聞いてぇ〜!
私の新しい、そして騒がしい日々は、こうして幕を開けたのだった……?



































